「拒食症ですね」
そう言われた診察から1週間。
血液検査の結果を聞くために再び病院へ向かいました。
診察後の約束と希望
初診の後、私は次女に聞きました。
「本当に自分の中にもう一人いる感じがするの?」
次女は「うん」とうなずきました。
その時私は思いました。
この存在が、この状態を引き起こしているんだ!と。
「次女ちゃんが悪いんじゃなくて、
次女ちゃんの中にいるもう一人のやつが こうさせてるんだ!」
そう伝えて
「名前をつけて、一緒にそいつやっつけよう!」
と話しました。
次女はその存在に
「キチ」と名前を付けました。
「キチをやっつけよう」
「入院なんて絶対しない!」
そう話して
とりあえずは体重28kgを目標にしよう!
と約束しました。
家に帰ると
「キチを追い出すためにプロテイン飲むね」
と言って、絶対に飲みたがらなかったプロテインを
コップ1杯飲んでくれました。
「結構おいしいね、これ。疲労骨折にもいいよねきっと」と言っていて
私は嬉しくなりました。
少し希望が見えた気がしました。
変わらない現実
そのあとすぐ
「てゆーか診察長すぎた」
と怒りながら自転車を漕ぎに行ってしましました。
汗だくで帰ってきても、夜ご飯はやっぱりほとんど食べない。
翌日、気分転換にと車で40分ほどのところにあるつり橋へ。
去年行った時に「楽しい!」と言って笑っていたつり橋。
でも、今回は無表情でひたすら何度も往復するだけでした。
楽しんでいる様子はなく、
運動しているといった感じ。
私と長女はそれを見てため息。。。
「早く自転車に乗らないと」
「早く帰らないと!」
以前好きだったつり橋へ行っても
そんなことばかり言っていて
駐車場までを往復走ったり
お出かけを楽しむことより、
食べることより
運動が最優先になっていました。
それができない状況だとキレだす。
一緒に頑張ろうって少し安心したのも一瞬で、また私は焦燥感にかられました。
エスカレートする運動と危険
キチをやっつけようと約束したものの、
相変わらず運動しすぎる毎日。
もちろん自転車に毎日乗っていて
止めると逆切れして振り切って行ってしまうか
激しく激高されました。
まだまだ猛暑日が続いていたのもあるし、
雨の日や暗くなってからは必至で止めると
「自転車に乗れないなら、ご飯もう食べない!飲み物も飲まない!」と。
焦燥感にストレスに、私も病気になるわこれ。。。と思いました。
日中の自転車の様子が心配になり
仕事を途中で切り上げて
こっそり自転車を漕いでいるところを見に行った日のこと。
猛スピードで自転車を漕ぐ姿。
コレは危険だ。
止めてもやめない。
このままでは危ないと思い、
この時にエアロバイクを買う決断をしました。
本当は嫌でした。
だってやりすぎるのが目に見えていたから。
でも事故の方が怖かった。
エアロバイクをネットで注文し、
キーロックも買ってきました。
明らかに落ちていく体
この頃から明らかに疲れやすくなっていました。
あれだけ運動はするのに
19時頃になると
「運動しなきゃいけない、でも眠たい」と言って
横たわって寝てしまっていたり
「マッサージして」と甘えてきたりしました。
アロマオイルでマッサージしてあげていると、
そのまま寝てしまう毎日。
お風呂も入らずに。
以前の次女からは考えられない姿でした。
運動はやめない。
でも体はついていっていない。
ご飯もほとんど食べられない。
そのバランスが崩れた行動に
私は不安を大きくしていきました。
2回目の診察と血液検査の結果
そして迎えた、2回目の診察。
「ホルモンもほとんど出ていません。」
「数値もかなり悪いです」
血液検査の結果からも限界に近い状態がわかりました。
入院の決定と絶望
そしてはっきりと言われました。
「これは入院ですね」
大学病院への紹介状を書きます。
今日は土曜日で、明日、明後日も祝日なので、
明々後日の火曜日に紹介状を大学病院に送りますね。
そのあと大学病院に診察に行ってください。
「なんとか家で治したいんです」
そう伝えました。
でも先生は、
「この病気は長引きます。しぶといんです」と。
入院はどうしても避けたかった。
守りたかった。
でももう自分の力ではどうにもならないところまで
きてしまっていたと思います。
こんな時も次女は待合室で生協宅配のご飯のチラシを
「これも、これも、やばい全部美味しそう!」とずっと見ていました。
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